『月に吠える』序文 <途中抜粋>
(この文の始めからはしっこまで、センスが感じられて好き)


狂水病者の例は極めて特異の例である。けれどもまた同時に極めてありふれた例でもある。 人間は一人一人にちがつた肉体と、ちがつた神経とをもつて居る。
我のかなしみは彼のかなしみではない。
彼のよろこびは我のよろこびではない。

人は一人一人では、いつも永久に、永久に、恐ろしい孤独である。

原始以来、神は幾億万人といふ人間を造つた。けれども全く同じ顔の人間を、決して二人とは造りはしなかつた。 人はだれでも単位で生れて、永久に単位で死ななければならない。 とはいへ、我々は決してぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。
我々の顔は、我々の皮膚は、一人一人にみんな異つて居る。
けれども、実際は一人一人にみんな同一のところをもつて居るのである。
この共通を人間同志の間に発見するとき、人類間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。この共通を人類と植物との間に発見するとき、自然間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。

そして我々はもはや永久に孤独ではない。


『ポケットに名言を』
(独特な世界観と、たんぽぽの綿毛のような言葉が心に沁みる…)



「幸福が遠すぎたら」

さよならだけが 人生ならば
また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに
咲いている野の百合何だろう

さよならだけが 人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛はなんだろう

さよならだけが  人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう

さよならだけが 人生ならば
人生なんかいりません